日記、恋文、寝言

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ゆんぎさんへ

 

まずは、おかえりなさい。

 

ゆんぎさんがいなくなってから今日までの嬉しかったこと、悲しかったこと、少しだけだけど、シェアさせてください。

 

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ゆんぎさんの活動休止が発表されたとき、正直最初はなにも実感が湧きませんでした。でもはじめて左右対称の防弾少年団を見て、対称なのにすごく非対称に見えて、本当に悲しかった。年末だから少年団の活動も自動的に増えていって、やっぱりゆんぎさんはどこにもいなくて、あれだけ嫌だ嫌だと言っていたのにいつのまにか6人の少年団に慣れてしまって。だれかがゆんぎさんのスペースを空けてくれるのが当たり前に感じてしまって。はじめてゆんぎさんがいないdynamiteを見たとき、ゆんぎさんはいなかったけれど曲のすべてにゆんぎさんのスペースは用意してあってすごく感動したのに。日本のテレビでdynamiteを披露されるたびに、だんだんその感動が薄れて、6人と空白のdynamiteに慣れていく自分が本当に嫌でした。

だから唯一日本のテレビで披露されたゆんぎさんのいるdynamiteを何十回、もしかしたら100回くらい見たかもしれない。そのたびにゆんぎさんにどうしようもなく会いたくなりました。防弾少年団にもまだ会ったことがないけれど、そもそもゆんぎさん自体に会ったことがないけれど、見るたびにどんどん会いたいが募っていって、YouTubeにマスターさんが載せているゆんぎさんフォーカスのライブ映像をたくさん見て、過去のライブ映像も見て。

ゆんぎさんがいなくなってからの方がゆんぎさんを大好きになりました。4月のバンバンコンでゆんぎさんを好きになってから、今まで、ゆんぎさんを好きでいるとき、ゆんぎさんに沸くとき、本当に周りがなにも見えなくて、猪突猛進でゆんぎさんだけが好きで、だからゆんぎさんが公の場からいなくなってゆんぎさんを好きじゃなくなるのが怖かった。ゆんぎさんが戻ってきたとき、もう好きだと思えなくなったら。もう少年団を好きだと思えなくなったら。だから怖くて、怖くて、どうしてゆんぎさんが好きなのか、とか、本当にたくさんゆんぎさんのことを考えました。学校でも家でもゆんぎさんゆんぎさん。親や親友にゆんぎさんのYouTubeを見せて、ゆんぎさんの話をたくさんして、登下校のときはseesawを聴いて、勉強のやる気を出すためにAgustDを聴いて。多分そうやって自分のことを守ってた。ゆんぎさんを好きでい続けられるように、わたしは頑張ったと思います。今思えば、多分そんなことをしなくてもわたしはゆんぎさんを好きでい続けられたけれど、でもゆんぎさんっていうコンテンツにたくさん触れられたこの期間は本当に楽しかったです。

 

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このあいだやっとゆんぎさんのweverse magazineを読みました。あれを読むとほんとうになんとも言えない気分になって、だからそんな気軽に読めるものじゃないとわたしは思っているけれど、勉強の合間に読んでみました。

当たり前だけど、ゆんぎさんがいました。翻訳を通されてるはずなのに文面がゆんぎさんなんです。思ったことはスパッと言い切るところ、悩んでいても鋭く見えるところ、随所随所にゆんぎさんが見えた気がして、わたしの知っているゆんぎさんで、本当に嬉しかった。取材日がわたしの誕生日で、それだけで本当に嬉しかった。

受け入れることが簡単ではありませんでした。変わるということを。でも変わってよかったと思います。あの当時やっていたことは、あの時だったからこそできたことであり、あの時やったことがあるからこそ今また変化できたようで。

たったの4文だけど、ゆんぎさんが詰まっているなあ、と思いました。ゆんぎさんは昔の自分も今の自分も変わったことも変わらないことも、最後にはすべてをちゃんと受け入れている気がして、なによりゆんぎさんは自分を認めてあげている気がしました。羨ましかった。わたしとは本当に対極にいるゆんぎさんが羨ましいと思いました。わたしは変革を恐れるタイプで、できればそのままでいたくて、でもゆんぎさんは変革を恐れてもちゃんと変われる人で。考え方が真逆だなあと思いました。正直、わたしは変わることが本当に怖い。変わった先にもし「これからもゆんぎさんを好きでいる」という結論がなかったら、と思うと怖い。でもどう頑張っても時間は止まらないしわたしたちは変わらないといけないし、分かってるけど、やっぱり怖い。ゆんぎさんがこれを見たら笑いそうですね。それとも寄り添ってくれるかな。変わって良かった、なんて多分ゆんぎさんみたいに言えない。多分この文章だって数年後にはわたしの考えとまったく異なるものになるんだろうけど、でもできればそのままでいたいし、できればわたしはずっとゆんぎさんを好きでいたい。でもわたしがゆんぎさんを好きになったっていう変化くらいは認めてあげようと思います。変わるのは怖いけれど、変わらないと始まらないってことも分かってる。「今が幸せすぎて怖い」と泣くわたしだけど、きっと変わった先にもっとたくさんの幸せがあると思えるようになりたい。変わった自分を認めてあげたい。いつかわたしも、ゆんぎさんのようになれたら。

そして、ゆんぎさんが「これからも音楽を続けたい」と言ってくれて本当に嬉しかったです。ゆんぎさんの音楽は本当にわたしを何回も救ってくれました。あるときは上からわたしを引っ張ってくれて、あるときは下からわたしを支えてくれて。このあいだ高校の受験生応援企画で過去(今年の夏)の自分からの手紙が届いて、そこにもゆんぎさんの言葉がありました。未来のわたしの応援に見せかけてゆんぎさんのことばっかり書いてあったんです。どんだけ好きなんだよ、って、手紙を読んで半年前の自分に思わず苦笑しました。ブルタオルネの歌詞の「好きなように生きろよ、どうせお前の人生なんだから」はゆんぎさんの言葉の中でも特に本当にわたしの大好きな言葉です。人の顔色や機嫌ばっかりを伺っちゃうわたしだから尚更響きました。好きなことをして、好きなように誰かを愛して、最後に自分を認めてあげられれば。その原動力がゆんぎさんならいいな、と思いました。

すごく話が逸れてしまったけれど、「これからも音楽を続けたい」と言ってくれて、わたしはゆんぎさんを好きでいる限り、これからもゆんぎさんの音楽に縋るんだろうなあと思いました。

僕に今でもできる音楽が残っていることに感謝しています。

表題にもなっていた言葉。きっとゆんぎさんが何歳になっても、音楽をやりたいと思う限りはゆんぎさんの音楽はきっとどこかにあります。プレッシャーになるかもしれないしこんなこと言っていいのか分からないけれど、ゆんぎさんって本当に天才で本当にスーパースターだと思うんです。だからゆんぎさんの場所は絶対あるし、それはもしかしたら自分で開拓するものかもしれないし、周りから呼びかけられるものかもしれないけれど、でもゆんぎさんが音楽をやりたいと思う限りはきっとその環境は存在します。ゆんぎさんの音楽は本当にいろんな人を救うんです。わたしもそのひとりだし、わたしだけじゃない、きっとゆんぎさんの声を聴いてリリックを見た何十万人って人がきっとゆんぎさんの作った歌詞に助けられたと思う。だからゆんぎさんにはやりたいだけ音楽をやっていてほしいと思います。本当に誰目線?って感じだけど。何様?って感じだけど。きっとゆんぎさんだってこんな10も下の小娘になにも言われたくないと思うけど。でもわたしの願いはゆんぎさんが心ゆくまで音楽を楽しんでアーティストとして生活することです。ゆんぎさんのアーティスト人生に幸あれ。そしてアーティストをやめてからも、ゆんぎさんの人生が幸せで満たされているなら、ゆんぎさんを好きな身としてはこれ以上幸せなことはありません。

 

ゆんぎさんを好きになって、些細なことがすごくうれしくなるようになりました。たとえばゆんぎさんもわたしも左利きであること。たとえば誕生日と取材日が重なったこと。たとえばわたしの誕生日に投稿してくれたこと。それだけで宝くじ当たったのかってくらい喜べるし、些細なことだけど本当に嬉しいんです。よくテテペンである母と「防弾のヒョンラインはリアコだよね」って話をするけれど、わたしもゆんぎさんにリアコなのかな(笑)そしたら一生彼氏ができなくなっちゃうからゆんぎさんはアイドルのままでいてほしいな、とか。

 

最後に、わたしの好きは本当に軽くて、軽率で、無責任で、多分かっこいいの感覚で誰かを好きだと感じます。もう小さい頃からそうだったしきっとこれからもそうだと思う。自分でも分かってるし、きっとゆんぎさんに対してもそうだと思う。今こんな文章を書いていても1年後好きな保証なんてどこにもないじゃないですか。好きに確証を求めるなんて暖簾に腕押し状態だと思うし、科学的でも数学的でもなんでもなくて、本当にいっときの本能というか、気まぐれというか、とにかく好きとか愛とか、わたしの場合はだけど軽いんです。軽いからいつ終わるか分からない。熱しやすくて冷めやすくて。きっと一生ゆんぎさんを好きでいる確率なんてほぼゼロです。だから、だからこそ言わせてください。大好きです。愛してます。先のことはなにも分からないけど、今わたしがいちばん好きなのはゆんぎさんです。寝て起きて変わってたらごめんなさい。でもこの夜、この瞬間、わたしは本当にゆんぎさんが大好きです。だから、好きじゃなくなるまで好きでいます。世の中には永遠も絶対も存在しないと思ってます。foreverなんて嘘だと思ってる。永遠に絶対ゆんぎさんを好きでいるなんてきっと無理。だから好きじゃなくなるまでと条件付きだけれど、昨日よりもっと、明日より少なく、好きでいます。でも絶対がないとさっき言ったように、もしどこかにforeverって概念が存在するなら、ゆんぎさん、ムラサキします。永遠に好きでいます。今、本当に本当にゆんぎさんのことが大好きです。

 

こんな終わらせ方でいいのかな。やっぱりもう少し。

 

休暇を挟んで、これからゆんぎさんのアイドル人生がまた始まりますね。どうか健康で、幸せでいてください。ゆんぎさんはもうとっくに分かってると思いますが、なにをするにもまずは健康です。できるならサプリメントや注射で作る健康じゃなくて、美味しいものをたくさん食べて、たくさん寝て、健康になってください。そして、少し抽象的だけど、幸せでいてください。ゆんぎさんだけじゃない、防弾少年団が幸せで、そして健康に生きていることがわたしの7人に対するいちばんの願いだったりします。

 

この辺で今回は終わりにしたいと思います。どうかこの夜が素敵な夜となりますように。ゆんぎさん、おやすみなさい。

 

そしてここまで読んでくださったみなさん、ありがとうございました。

 

210110 💜